東京高等裁判所 昭和44年(う)2454号 判決 1970年5月06日
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人木内茂作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。
控訴趣意第二について。
所論は、要するに、原判決が被告人に過失を認めたのは事実誤認であり、また、今井忠一が本件事故により原判示のような傷害を受けたと認定したのも事実を誤認したものだというのである。
そこで、検討してみるのに、司法警察員作成の昭和四三年六月一一日付実況見分調書によれば、本件事故の発生した交差点は、東西に走る国道一三四号線の直線道路(以下「国道」という。)に北から南に向かう道路(以下「南北道路」という。)が神奈川県平塚市袖ケ浜二〇番地先において丁字形に交差する場所であつて、本件事故は、右の南北道路を北から走つてきた今井忠一の運転する自動車が国道を右折しようとして国道上に進出し、その先端が国道の車道北端の延長線から2.3メートル入つた地点まで出たところへ、国道上を西から東へ向かつて走つてきた被告人の自動車が衝突したことにより発生したものであることが認められる。そして、一件記録および当審における事実の取調べの結果によれば、被告人は今井忠一運転の自動車が国道上にスーツと出てきたのを22.2メートル手前で発見すると同時に軽くフートブレーキを踏みクラクションを鳴らしながらやや右寄りに進行して今井の車を避けようとしたが及ばず、ついに自車車体左側前部が今井の運転する自動車の左前部と衝突するに至り、その結果今井が原判示傷害を負つたことが明らかであるが、右の交差点は、これに至るまでの国道北側に沿つて高さ1.5メートルくらいの竹さくがあり、交差点の手前の国道を進行する車両からは南北道路の存在が認識しにくい関係にあるうえに、今井の車が国道上に進出してきて停止したのと被告人がこれを発見したのとが同時であつたことが認められるから、被告人の不注意により発見が遅れたものとはいい難く、また、発見後に被告人のとつた措置も、記録上明らかなように、当時雨が降つていて路面が濡れていたことと、対向車両のあつたこととを考慮すれば、状況上やむをえなかつたものというべきで、この段階においては被告人として本件衝突事故を避けることが可能であつたとはいい難い(次に認定するような被告人の自動車の速度からすれば、急制動をかけても今井の車の手前に停止することは不可能であり、また当時の路面の状態よりして、急制動を施すことはかえつて危険であることは被告人の言うとおりであると思われる)。
これに対し、原判決は、右のような交差点を通過する被告人としては、事故を防止するため、あらかじめ自車の速度を制限時速六〇キロメートル以下に減速すべきであつたと判示しているので、この点について考えてみるのに、前記実況見分調書によれば、本件交差点は、交通整理が行なわれておらず、その南北道路に入る部分の両角はやや円型になつているけれども、国道の車道部分の幅員は11.2メートルであるのに対し、南北道路の幅員は車道の部分で七メートルであつて、前者のそれが明らかに広いといわなければならないから(最高裁判所昭和四四年(オ)第二八九号、同四五年一月二七日第三小法廷判決、裁判所時報第五四〇号一頁の事例参照)、国道を走行していた被告人としては、この交差点において徐行すなわち直ちに停止することができるような速度にまで減速すべき道路交通法上の義務はないと解すべきである(同上判決および同裁判所昭和四二年(あ)第二一一号同四三年七月一六日第三小法廷判決、刑集二二巻七号三一七頁等参照)。また、今井忠一としてみれば、本来本件交差点に入ろうとする場合には徐行しなければならず(道路交通法第三六条第二項)、かつ、交差点で右折する場合には直進車の進行を妨げてはならない(同法第三七条第一項)のであるから、同人が南北道路から出てきて国道の北側部分の直進車である被告人の運転する自動車の進路に自車の前部を前記のように出しすぎたのは明らかに交通法規に違反するもので、国道を走行していた被告人としては、今井の車のようにあえて交通法規に違反して左方道路から前記のように国道上深くまで進出してくる車両のありうることまで予想して自車の速度を減速すべき注意義務はないと解するのが相当である。すなわち、被告人としては、この場合法定の最高速度である時速六〇キロメートルで進行すれば足りたのであつて、原判示のようにそれに満たない速度にまで減速すべき義務はなかつたといわざるをえない。
ところが、本件において問題となるのは、被告人の車の当時の速度であつて、この点につき、論旨は時速約五〇キロメートルであつたと主張するのであるが、被告人は司法警察員に対しては約七〇キロメートルであつたと供述しており、原審公判廷においても「速度は、メーターは見なかつたが、他の車と同じように流れていたし、自分の感じでも時速七〇キロメートルぐらいだつたのでそのように司法警察員に述べた。七〇キロメートル以下であることは考えられるが、七〇キロメートル以上は出ていない。」という趣旨の供述をしているのであつて、これらを総合すれば、当時の被告人の車の時速は原判示のように約七〇キロメートルであつたことを認めるに足り、これに反する原審証人田中良輔の供述は採用することができない。としてみると、当時被告人が制限時速を約一〇キロメートル超過して自動車を運転していたことは明らかである。しかしながら、前述のように、被告人が今井忠一の車を発見した時の同車との距離はわずか22.2メートルに過ぎなかつたというのであるから、かりに被告人が法定の最高速度である時速六〇キロメートルで運転していたとしても、その制動距離および道路の状態を考えれば、はたして本件衝突事故を避けることができたかどうかについてはやはり重大な疑問があるといわざるをえず、かつ、前に説示したように被告人としてそれに満たない速度にまで減速すべき注意義務はなかつたとすれば、右の速度違反が本件事故の原因となつていたものとは認め難い(もつとも、それとは別に、もし、被告人が発見地点の相当手前から時速六〇キロメートルで走つていたとすれば、今井の車が国道上に進出してきた時点には、被告人は実際の発見地点より手前にいたはずで、そうだとすれば被害車両との距離が長くなるうえに、制動距離が短くなるから、事故の発生を防止することができたと考える余地はある。いま試みに、衝突地点の手前約二〇八メートルの地点から時速六〇キロメートルで走行していたと仮定して計算すると、今井の車が進出してきた時点において被告人の車はこれと約四八メートルの距離にいたことになるから、本件事故は避けることができたといえるであろう。そして、被告人の当公判廷で述べるところによれば、被告人は右の事故防止可能とみられる距離より相当前から時速約七〇キロメトルで走つていたことが認められるから、そのことが本件衝突事故発生の一つの前提条件をなしていることは疑がない。しかしながら、本件事故は、単に被告人が右のような時速で走つていたことにより発生したわけではなく、その後今井忠一の予期すべからざる交通法規違反という異常の事態が介入することによつて発生したものであるから、被告人の速度違反行為から経験則上通常予想しえられる過程をたどつて発生したものとはいい難く、その間に刑法上の因果関係を認めることは困難で、これをもつて本件事故の原因たる過失だとすることはできない。いいかえれば、それは本件事故発生直前の状況を生ずる原因になつているとはいえても、事故そのものからいえばそれはいわば間接の原因であるにすぎず、もしこの点に被告人の過失を認めることができるとするならば、かりに被告人が当日の出発点であつた静岡県川奈から事故現場に至るまでのいずれかの区間において相当距離を時速七〇キロメートルで走つた事実がありさえすれば、それはすべて本件事故の原因たる過失行為になるといわなければならなくなるであろうし、また、もし被告人が事故現場付近をより高速度で走つていたとしても前説示のように制限速度以下で走つた場合と同様に事故を避けられたはずであるから、そのような高速度で走らなかつた点でも過失があるという論理も成り立つわけである。これを要するに、被告人の速度違反の点は、道路交通法に違反することは格別として、本件事故現場にさしかかる直前の具体的状況のもとにおける被告人の注意義務の存否とは関係がないといつてよい〔最高裁判所昭和四一年(あ)第一八三一号、同四二年一〇月一三日第二小法廷判決刑集二一巻八号一〇九七頁において、被告人の交通法規違反が注意義務の存否と関係ないとされていること参照〕。)。
以上の次第で、本件衝突事故については、被告人に過失を認めることは困難だと判断されるので、これを認めた原判決にはその点において事実の誤認というよりはむしろ法令の誤りがあることになり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は結局理由があり、その余の点につき、判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
なお職権をもつて原判示(二)の事実について考えてみると、同判示事実は起訴状記載の公訴事実(二)に対応するものであるが、記録を仔細に検討してみても、被告人が、自車と今井忠一運転の自動車との衝突により同人に起訴状記載の公訴事実(一)掲記のような傷害を与えたことを事故発生当時知つていたと認めるに足る証拠はないので(なお、物件事故に関する報告義務違反は本件では訴因とされていない。)、その点に関する報告義務違反については犯罪の証明がないことに帰着する。したがつて、原判決が判示(二)のように事実を認定したのは事実を誤認したもので、この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点でも原判決は破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書を適用して被告事件につきさらに判決することとする。
本件公訴事実は要するに、
被告人高村従道は自動車運転の業務に従事するものであるが
(一) 昭和四三年四月二三日午後八時三〇分ごろ普通乗用自動車(品三せ六二七三号)を運転し、神奈川県平塚市袖ケ浜二〇番地先の交通整理の行なわれていない交差点を小田原方面から藤沢、東京方面に向かい通行するにあたり、同交差点は左方の見とおしが困難であり、かつ降雨中で制動の際滑走の虞れがあるから正常な制動操作が採れる程度に減速して進行すべき注意義務があるのに時速約七〇キロメートルで進行した過失により、左方道路から前記交差点に進入しようとしていた今井忠一(四〇年)運転の普通乗用貨物自動車を左前方約22.2メートルの地点に認めたが間に合わず、同車に自車左前部を衝突させ、その衝撃により今井忠一に加療約二カ月間を要するムチ打チ症の傷害を負わせ、
(二) また、右日時場所において、右のような交通事故をおこしたのに、その事故の発生日時場所等法令に定める事項を、直ちにもよりの警察官に報告しなかつたものである。
というのであるが、前記説示のとおり、(一)については被告人には過失がなく(二)についてはその証明がないから、刑事訴訟法第三三六条により主文のとおり判決する。<以下略>(中野次雄 山崎茂 中村憲一郎)
<控訴趣意>
弁護人木内茂の控訴趣意
第二 事実誤認について
原判決は判示第一の事実につき次の点につき事実誤認があり、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄されるべきである。
一、原判決は、その理由において「自車が南北道路を通過するまでに、南北道路から車両等が交差点に進入し自車に衝突する危険があることをおもんぱかり……の注意義務がある」と断定しているが被告人が進行していた国道一三四号線が南北道路より幅員の広い道路であることは検証調書によつて明白であり、而も進行方向に対しては極めて見通しのよい地点である。而して本件事故当時はこの一三四号線の北側に沿つて高サ約1.5米位の竹の柵が設けられてあり(司法警察員作成実況見分調書二五丁)、竹さくのため北側の道路から遊歩道路に向つてくる車両の位置等は見えず、北側から交さする道路が判然り見えるのは横断歩道から五米位手前でないと見えない(証人内山三三の供述八二丁)ような状況であつた。即ち被告人が被害者今井忠一の車を発見した地点附近では南北道路を進行する車両等は勿論南北道路の存在さえも認識し得ないのである。このような場合においてなおかつ判示の如き注意義務ありと断じた原判決は明らかに事実誤認である。かかる注意義務を以てしては公訴を維持し得ないと検察官が考えたからこそ訴因の変更を求めたものである。
二、原判決は被告人が制限時速六〇キロメートル以下に減速して事故発生を防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、時速約七〇キロメートルで進行させた為に本件事故を発生させたと認定しているがこれも明らかに事実誤認である。なる程被告人は司法警察員に対する供述調書においてメーターは見なかつたが時速約七〇キロメートルで運転していた旨を述べているが、これは事故発生後約五〇日を経過した後の昭和四三年六月一一日になつてからのことである。これ以外に被告人が運転していた速度が時速約七〇キロメートルであつたという証拠は何もないのである。司法警察員作成の実況見分調書にはその旨の記載があるが(二四丁)これも被告人から聞いたものであることは明らかである。而して被告人は原審において約七〇キロメートルと述べたのは最高でも七〇キロメートルを超えてはいなかつたという趣旨であつたと述べている。然るに当時被告人の車に同乗していた証人田中良輔は五〇キロ位だつたと思うと述べている(一一四丁)。右の如き証拠を以て直ちに被告人が時速約七〇キロメートルで運転していたと断ずるのは極めて早計に過ぎると言わなければならない。寧ろ本件事故は南北道路から国道一三四号線に入り右折しようとした被害者今井忠一が、自車を国道一三四号線に約二、三米乗り入れ(司法警察員作成実況見分調書二五丁、今井の指示によればこれより〇、五米下る原審の検証調書)同国道線を進行中の被告人の車の進行を妨げた同人の道路交通法第三六条第二項、同法第三七条第一項の違反行為、並びに南北道路から国道線に入るに際し先ず右を見て次に左を見るという運転者の最も基本的な原則に違反し、先ず左を見て次に右を見た(証人内山三三の供述八三丁、証人今井忠一の供述八九丁)過失に基くとするのが総てである。即ち被告人が今井の車を発見した二二、二メートルの距離では例え被告人が時速五〇キロメートルで運転していたとしてもその制動距離は約二五メートルと見られるので本件事故が避けられなかつたことになるのであり、本件の場合大型トラックが対向して来ていたのであるから被告人にとつては重大事故を避けるための不可抗力であつたのである。<後略>
<参照・原審判決の主文ならびに理由>
〔主文〕
被告人を、罰金一五、〇〇〇円に処する
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する
訴訟費用は、全部被告人の負担とする
〔理由〕
(犯罪事実)
被告人は
(一) 自動車運転の業務に従事するものであるところ、昭和四三年四月二三日午後八時三〇分頃普通乗用自動車を運転して、小田原方面から藤沢方面に通ずる幅員一一、四〇メートルの雨でぬれてしめつている舗装道路を、藤沢方面に向け、時速約七〇キロメートルで進行中、被告人が進行している平塚市袖ケ浜二〇番地先、国道一三四号線(湘南遊歩道路)と、平塚駅南口方面から右国道方面に通ずる幅員七メートルの舗装道路(以下南北道路という。)とがほぼ直角に交差する丁字型交叉点にさしかゝりこれを通過しようとしたものである。右交叉点は、当時道路標識が設置されておらず、交通整理が行なわれていないで、しかも左側(被告人から見て)の見とおしがきかないところであるところ、被告人のように自動車を運転して右交叉点に接近する者は雨でぬれてしめつている舗装道路を時速七〇キロメートルで進行中、自動車運転者が停止の用意をしてから確実に停止するまでに自動車が走行する広義の制動距離は、実験則によると約八四メートル位であるから、自車が南北道路を通過するまでに、南北道路から車両等が交叉点に進入し自車に衝突する危険があることをおもんぱかり、あらかじめ自車の速度を制限時速六〇キロメートル以下に減速し、制動距離を短縮して事故の発生をできるだけ防止する業務上の注意義務があるのに、これを怠たり、時速約七〇キロメートルで同交叉点に接近した際、約二二、二メートル前方同交叉点内に進出した今井忠一(昭和三年一月一〇日生)の運転の普通貨物自動車を発見し、軽くフートブレーキを踏んだが間に合わず、自車々体左側前部を今井忠一運転の自動車々体に衝突させ、その際の衝撃により同人に加療約二月を要する頸椎捻挫の傷害を負わせ
(二) 右日時場所において、右交通事故を起したのに直ちにもよりの警察署(派出所又は駐在所を含む)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所その他法令に定める事項を報告しなかつた
ものである。
(証拠の標目)省略
(法令の適用)
法律を適用すると、被告人の判示(一)の業務上過失傷害の所為は、行為時においては、昭和四三年法律六一号による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては、同法律改正後の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中罰金刑を選択し、判示(二)の道路交通法違反の所為は、同法七二条一項後段、一一九条一項一〇号に該当するが、所定刑中罰金刑を選択し、右(一)(二)の所為は、刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告人を罰金一五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、全部これを被告人に負担させることにする。
よつて、主文のとおり判決する。
(昭和四四年一〇月二四日平塚簡易裁判所)